西郷どん あらすじ ネタバレ 第22回
「偉大な兄 地ごろな弟」
6月10日日曜日に放送。
吉之助(鈴木亮平)は3年ぶりの薩摩帰還。
藩命により"大島三右衛門(おおしまさんえもん)"と改名、早速一蔵(瑛太)に伴われ、亡き斉彬(渡辺謙)の遺志継承の志高い久光(青木崇高)との対面へ...。・
ところが...。
吉之助帰還の祝福のため、誠忠組の面々集結の吉祥院で直面したのは、互いに無言の吉之助と一蔵の険悪さ...。
すでに誠忠組と袂を分かった新七(増田修一朗)曰く、亡き斉彬の熟考そのまま久光による率兵上京を無謀と、吉之助が断言。 薩摩育ちの田舎者としての恥辱と久光は激昂。 薩摩召喚と対面の運びに尽力の一蔵は閉口とのこと。
そこへ、新七加勢の造士館の面々が、吉之助略奪目当てに乱入。 誠忠組と一触即発に...。
しかし、吉之助から双方への一喝。 意気消沈の新七と造士館の面々は撤退へ...。
結局、吉之助の進言虚しく、京の朝廷の後ろ盾の公武合体による幕府への改革要求の出兵決定。
久光は藩に背き討幕邁進の新七ら過激派志士を警戒、他藩の浪士との交わり厳禁、背けば厳罰との厳命。
吉之助は仕方なく平伏。 水面下での討幕邁進の志士たちへの説得の決断。
吉之助は新八(堀井新太)とともに下関到着。 薩摩と昵懇の豪商・白石正一郎と対面。 互いの近況と善後策の交渉へ...。
正一郎曰く、久光卒兵上京の報せ早々より、諸藩の有志たちが集結。 何と吉之助の弟・信吾(錦戸亮)が薩摩藩兵の入京準備のため、資金30両運搬とのこと。
幼少の城上がりの茶坊主だった信吾の元服前の強い記憶の吉之助の唖然虚しく、福岡藩士・平野国臣や豊後岡藩士・小河一敏など諸藩からの浪士約300人ほどが、すでに京へ出立とか....。
吉之助は久光卒兵上京と幕府弱体化を好機と曲解の諸藩の浪士の多さに愕然。 しかも、すでに新七が薩摩から船で入京真近の報せにも戦慄。
吉之助は新八とともに入京早々、諸藩の浪士の闊歩目立つ殺伐さに戦慄。 編笠を目深に被って薩摩藩士の定宿の旅籠「鍵屋」へ...。
久々のお虎(近藤春菜)との再会。 早速、主人・直助への挨拶。 新七は長いところ姿を見せていないとのこと。
しかも、お虎曰く、信吾が豪遊。 咄嗟に吉之助は薩摩や長州の藩士たち昵懇の茶屋「繁の屋」へ乱入。 美貌かつ妖艶の芸妓と戯れの信吾を投げ飛ばし、切腹を肉迫。
信吾は突発過ぎる兄・吉之助との再会に茫然自失。 それでもすぐ居直り指図は受けぬ、新七とともに脱藩突出と激昂。 間隙を突いての逃亡へ...。
吉之助は、置き去りの芸妓・おゆう(内田夕紀)に謝罪。 しかし、意外や微笑みつつ新七の居場所伝達。
吉之助は脱藩浪士集結かつ潜伏の伏見「寺田屋」へ急行。 新七との本音の話し合いへ...。
新七は京都所司代襲撃と意気揚々。
しかし、吉之助は今ではないとの諭し。 命を自分に預けてほしい、でなければ斬れと肉迫。
事なきを得た夜、吉之助と信吾は枕を並べて...。
信吾は述懐。 人伝による兄の存在のみ実感できない、楽しい思い出すらない、と。
吉之助は自身の名ばかり独走の実情に困惑深まるのみ...。
成長した西郷信吾のちの西郷従道との再会の喜び...。
とはいかないのが、やり切れないもの...。
すでに方々の藩士や浪士たちに偉大のごとき崇拝の対象としての西郷吉之助のちの西郷隆盛、独走する虚像に困惑するばかりの本人自身...。
先の信吾を強く後押しの薩摩と昵懇の下関の豪商・白石正一郎...。
1812(文化9)年、長門国赤間関竹崎に萬問屋(荷受問屋)・小倉屋経営の白石卯兵衛・艶子の長男(8代目)として生誕...。
下関が西国交通の要衝ゆえ、おもに長州藩からの仕事受諾、資金も豊富。
国学者・鈴木重胤に師事。 重胤の門下生を介し吉之助が正一郎を訪問かつ昵懇ゆえに、1861(文久元)年より薩摩藩の御用達。
尊皇攘夷の志への強さ昂じて、のちの高杉晋作率いる奇兵隊を強固に支援かつ自身も入隊するほどに...。
長き歳月を経ての海の幸の恵みとしての継承か...。
1868(明治元)年創業の下関の老舗『赤間酒醸』の、【下関産 あんこう鍋セット (3~4人用)】や【下関産 あんこう鍋セット (5~6人用)】...。
1950(昭和25)年創業の関門ふぐ問屋『ふぐ王』の、『国産とらふぐ料理フルコース (4~5人前)】....。
ふぐ料理専門店『下関 関とら』の、【とらふぐ身皮しゃぶしゃぶ&ふぐちり鍋セット】...。
これら海の幸が永遠かつ良き活力であることを祈って...。
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