いだてん あらすじ ネタバレ 第19回
「箱根駅伝」
5月19日日曜日に放送。
日光から東京まで走破の四三(中村勘九郎)は、次の目標としてアメリカ横断発案。 下宿部屋訪問の源三郎(永山絢斗)と秀信(勝地涼)へ構想表明の最中...。
辛作(三宅弘城)と同伴の明治大学学生・沢田英一の出現...。
英一が札幌・東京間22日間走破達成選手ゆえ、四三は英一提案のまま予選会開催同意。 皆でのコース選定の議論へ...。
箱根開催決定直後、四三と源三郎は「箱根駅伝」草案作成。 報知新聞社から協賛申し出ゆえ、目処立つことに...。
時期的にオリンピック予選会として、治五郎(役所広司)は四三へ駅伝運営の推奨...。
加えて、翌年8月に、ベルギー・アントワープでオリンピック開催予定の報せ...。
四三は感激...。
正月、四三は熊本帰郷。 息子・正明との初対面へ...。
スヤ(綾瀬はるか)の背の我が子へ声かけ綻ぶ四三に釣られるがごとく、客間には使用人や親類の相次ぐ集結。 池部家年始の祝宴へ...。
が、四三の上座からの挨拶には、スヤと実次(中村獅童)の祝福のみ...。
宴はじまるや、幾江(大竹しのぶ)がスヤにも聞こえる大声で、四三の玉名帰郷の日時の問いかけ...。
困惑の四三に先んじ、実次がオリンピック完遂後の帰郷の返答。 それでも硬直の雰囲気のままの終焉へ...。
夜遅く、四三はスヤに告白。 オリンピック終焉までの東京滞在、後は引退での熊本帰郷の心積もりを...。
大日本体育協会本部では緊急理事会開催。 何とオリンピック種目からマラソン除外決定...。
治五郎は憤然。 が、トクヨ(寺島しのぶ)からの応酬。 第一次世界大戦・激戦地だったベルギー市街地の写真突き付けつつ、想像できるか。 マラソンランナー走行の沿道を多くの観客集結と歓喜の光景を想像できるか、と。
治五郎は茫然自失のみ...。
東京戻って歓喜の四三からは、箱根駅伝練習中の好記録輩出の報告。 練習メンバーでのオリンピックのメダル獲得も現実として...。
治五郎は返答できぬまま...。
1920(大正9)年2月14日、東京・有楽町の報知新聞社本社前にて、箱根駅伝第一走者として、東京高等師範学校、早稲田大学、慶應大学、明治大学、4校整列...。
往路5区間で往復全10区間、即ち217kmを2日間走行のレースは、のちの正月名物・箱根駅伝へ...。
が、この日のスタート地点は閑散のみ...。
審判長・四三の号砲轟き、4選手走行...。
四三は乗車での判走、選手たちへの声援...。
スタート地点不在の治五郎は、大日本体育協会本部の会議で理事たちとの折衝真っ只中...。
清一(岩松了)から促されても、治五郎はメンバーへ会わせる顔なしとの負い目のまま...。
初日の往路レース終了での順位は、首位・明治、2位・東京高等師範、3位・早稲田、4位・慶應...。
2月15日、本部で経過把握の体育協会理事は、衝動のままゴール地点へ...。
東京高等師範アンカー・茂木は、新橋でトップ走行の明治・西岡を捉え、デッドヒートの果てにゴール突進へ...。
狂喜乱舞の声援の下、ラストスパートで茂木逃げ切り。 次いで明治・西岡が足引きずりつつ号泣のゴール...。
狂喜乱舞の清一は、四三を力強く抱擁。 必ずアントワープへ行かせてやると宣言...。
東京箱根間往復大学駅伝競走か...。
2015(平成27)年11月4日水曜日より発売の『箱根駅伝監督 人とチームを育てる、勝利のマネジメント術』(酒井政人/カンゼン)はじめ...。
大阪府大阪市東成区東小橋の「Beauty Mate」名物【Running Stabilizer (ランニング スタビライザー)】での箱根ランナーの姿勢...。
大阪府豊中市寺内2丁目の「NEEL select shop」特製・7年延長正規保障【SUUNTO AMBIT3 RAN LIME 腕時計 Bluetooth搭載 GPSウォッチ SS021260000】での高低差体感...。
以上をもっての走行継続のランナー、より多く増えることを祈って...。
祝杯は、愛媛県松山市東石井3丁目の「ワインと地酒の店 かたやま」"第88回箱根駅伝限定缶第一弾"【アサヒ バヤリース オレンジ 350ml 24本】かな...。
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